>出会った人とは、何かを共同創造することしかできない

子宮委員長はるちゃんのブログに

なんか朝からうるっとしてしまった。

“何かをつくらなきゃ!”(子宮委員長はるオフィシャルブログ「子宮委員長はるの子宮委員会」)

自分の中に子宮があるようで、
実は自分が誰かの子宮の中に居る。

誰かの子宮って、誰だろね。
それを宇宙というのかもしれないね。

だからさ、
出会った人とは、
何かを共同創造するしか
できないんだよね。

どんな出来事も受精物。

育ちすぎて手放すこともあるし、
流産することもあるし、
育つのがストップすることもある。

いろんなことが起きるわけで、
それでもわたしたちは意識せずとも
常に何かを勝手に産み出している。

だからさ、言いたい事は、
目の前にありすぎて
わからないかもしれないけれど、

いつもどんな時でも
わたしたちは豊かな存在だよ
っていうこと。

産み出す前に、
産み出された存在ということ。

創造物は勝手に繁殖&繁栄する。

細胞分裂を繰り返しながら
誰かと出会っては分裂する。

だから
何もしなくていい。
何も創らなくていい。

勝手に産まれる。
勝手に進化する。

出会った人とは、何かを共同創造するしか

できない”

☆☆

いまいま誰かと別れる、というわけではなくて

過去に置いてきたひとたちの中で、記憶のふちの部分に いまだにうっすらと影を残してたたずむ人たちの存在があって。

自分が変化してきたこと、これからもしていく存在なんだ、ということを

思い出して。

環境を少しずつ変えていっているからか

最近はやたらと

誰かと別れたときに寂しかった記憶だったり、

変化への不安感だったり、

ガラにもなく、そんなことがよぎってた。

地図なき未来を、

どっしりとあたたかく受け取っていけるような安心感。

過去の数多ある出会いも別れも

喧嘩別れしてしまった、大好きだった人たちも

そして、これから仮に誰かと道を違えても

いっしょに

なにかを共同創造した事実は変わらない。

そう思うと、

なんだかとても癒された(*^^*)

懐かしー写真!

追伸

少し話それるかもだけど

過去の記憶を

握りつぶしたくなるときがあるんだけど(笑)

そんな握りつぶしたくなる自分の過去も

いつか抱きしめられるようになったらいいなぁ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする