わたしがそのときに感じたことだけが、わたしの絶対。

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元職場の同僚くんとごはん&お茶しに行ってきた!

職場外で話すのはじめてで、そういう初めてのときってだいたい 話合うかな?とかドキドキするのだけど(笑)、とっても楽しかった〜!

溺愛カレー

彼には半年前に前職を辞めた時期に 本当にお世話になっていて、

あのとき、すごく傷ついて揺らいでばらばらになりそうだったわたしの心のもやもやを、ここまでしっかり受け止めて 癒してくれた職場で唯一の人でした。

ありがたかったな。

人の心は本当に繊細で、やわらかくて だからがんばれだとか、気にしすぎだよとか、そういう見た目ポジティブな言葉が本当に効かなかったりするし、むしろ傷をえぐることすらある。

相手の心の状態を観察しないまま、そこを無視した言葉を発したり

とにかくポジティブに持っていこうとするのも、エゴでしかなくて、コントロールでしかなくて。

なんで唯一の自分の感じたことを、相対的に評価されて 大したことない!とか言われなきゃいけないのかしら、、、と思った。

わたしにとって、

わたしが感じたことが”絶対的”なのに。

生きやすいように、感じ方を選ぶ練習はするけど そのとき感じたことはそのときの自分の絶対だ。

あのとき傷ついたのは、まさにそんな言葉たちだった。

そんな中で 痛みをわかってくれて、やわらかい部分を思いやってくれた優しさに、とても救われた。

わたしも相手に寄り添える人でありたいな。

最近は、良い意味で自我が薄くなりつつあるから、前よりは相手のことが見えるようになったかな。

まだまだだけどね。

楽しかった、ありがとう(*^^*)