ときめく食卓、きらきらの毎日。

自分が大人なんだか子どもなんだか、わからなくなるとき。

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自分が大人なんだか子どもなんだか、わからなくなるとき。

罪悪感というやつ。

 

自分が思うことを淡々と、でもはっきりと言ってみると

なぜだかコイツがついてくるときがある。

 

 

おとなでありたいというプライドがある一方で

“わたしはこう思う!こう感じる!

これがいや!”

という素直な気持ちがあって。

 

 

プライドにしがみついていると、

素直な気持ちって出せなくて

罪悪感というのも、プライドを捨てた(ように感じる)ことへの後ろめたさなのかもね。

 

 

 

感情的な感じは込めずに

コントロールなどの意図も含めずに

思ったことを 口からほろほろと発する、相手にアウトプットしていくことは

やっていく価値はあるのかな、と思っている。

 

 

世界になにかを放つということは、それがどんな波紋になるのかは発するときには掴めないけど

前提はそれでいい。

 

 

「ただ、伝える」

「きちんと出す」

それが、自分への誠意であり

この点にだけ相手への意図を込めるとすれば

それは、巡り巡ってまわりへの誠意にもなるのかなぁと思ったりはしてる。

 

 

でもこのへんは

まだまだ模索中!

追伸

Facebook見てたら

たまたまこんな記事が目に飛び込んできた(^^)→「自分の想いを飲み込んだらあかん」

 

 

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書いている人

彩

「食べ方は生き方」「毎日を好きなことだけで埋め尽くす」「家=最高に居心地のいいお城」がモットーな結婚3年目・30歳・千葉県在住のおうち大好き主婦