どちらか、ではなくて すべてはニュートラル。

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加害者と被害者

目線を上げていくと

加害者も被害者もいないし

白も黒もない、すべてひとつ。

かなり最近まで自分もそうだったし

いまももしかすると、たまにそんな思想が顔を出すこともあるかもしれない(思い起こすかぎりはない)けど

自分の外側に仮想敵を置くような思考のしかた(だまされるかもとか、悪い人がいるから〜とか)だったり

なにかひとつの事象を単発で取り上げて

良い悪いと”判断する””批評する””評価する”、ということが

感覚としてピンとこなくなってきてる。

以前までは感情移入して

その”戦い”に自分も参戦していたのだけど

いまやふぅん、と

なんだかとっても他人事なのだ。

表面上は戦っていなくても
心の中でつねになにかと戦ってしまう習性が抜けたことで
心の安らぎ、心の和らぎは満ちあふれるばかり。

勝たなくてもいい、というか

勝ち負け自体がそもそもないし

良い悪いなんてない。(そのときのその人にとっての良し悪しがあるだけ)

そして、少し限定的な話だけど

誰かに腹を立てて

許さない!とか もう許す、なんていうのも

そのときのその人にとっての許す許さないがあったのかもしれないけれど、

許す許さないとかではなくて、そこに事象があるだけだ。

そして、単純にそういうことに体力を使わなくて済むようになったことを

嬉しく思った(*^^*)笑

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